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織田信長の生涯を性格分析しつつ語ってみる!

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織田信長と言えば戦国時代を代表する武将ですね。若い頃「うつけ」と呼ばれていたことや、桶狭間の戦いではわずか2000の兵力で今川軍2万に勝利したこと、大量の鉄砲隊で武田氏に大打撃を与えたこと、そして当時の日本ではありえない造りだった安土城の築城や、マイナーなところでは無類の刀剣好きだったなど、さまざまな逸話があります。

現代の日本では知らない人はいないくらいの歴史上の有名人、と言ってもいいのではないでしょうか?くわえて現在でも信長の子孫がいて、有名なのはフィギュアスケートで活躍している織田信成氏でしょう。

そのためパズドラやモンスト、そしてFate/Grand Orderといった人気スマホゲームにも、かなりレアで強力なキャラとして登場していますね。今回は織田信長をその一生の流れにそって性格をあらためて分析したいと思います。

織田信長の性格でみなさんがイメージしているのは、冷酷で残虐な人物という感じでしょう。これはおそらく、弟の暗殺、浅井・朝倉攻めの顛末、比叡山の焼き討ち、本能寺の変の前の光秀への態度などが原因であるかと思われます。

織田信長には兄弟が沢山いました。同じ嫡流(正室の子供)の信行を殺していますが、先に信長を排除しようとしたのは弟の信行(のぶゆき)なのです。

若い頃の信長は、「うつけ」で有名でした。まず実の母親である土田御前(どたごぜん)が信長を嫌っており、家臣たちもうつけの信長より、品行方正な信行が家督を継ぐべきだ、と思うものが多かったようです。

信長の後ろ盾であった、正妻の濃姫の父である斎藤道三が死ぬと、信行は自分を支持する家臣とともに、信長に挙兵をしています(2度目の挙兵は柴田勝家の密告により挙兵はなかった)。

その後、信長は病気を装い、見舞いに来た信行を暗殺しています。信長は言ってしまえば危険分子である信行を排除するしかなかったのです。

浅井・朝倉のドクロの盃も有名ですね。ですが一般に知れ渡っている話には間違いがあり、浅井と朝倉のしゃれこうべを盃にして酒を飲んだ、という説が流布されていますが、あくまでしゃれこうべに金箔を貼り、それを眺めた、といったところです。世間一般が思っているほど残酷な行為ではなかったようです。

あまり知られていませんが、信長は下戸であったため、酒を飲んだかも怪しいところですね。

さらに比叡山焼き討ちですが、この一因になったのが、浅井・朝倉の連合軍に加わった延暦寺の僧兵による攻撃によって寵臣の森可成(森蘭丸のお父さんです)を殺されたため、焼き討ちを行ったという話があります。行ったことはたしかに恐ろしいことなのですが、その裏にはこのような人間味のある事情があったのです。

本能寺の変の直前に徳川家康を安土城に招いたときに、明智光秀を饗応役につかせました。しかしそのとき出した鯛が腐っていたため、信長が怒り、光秀は人前でひどい恥をかかされ恨みを抱いた、というのが本能寺の変の一因と言われています。

ですがこの話は本当にあったかどうかハッキリしないものであるため、よく言われる怨恨説自体怪しい説になっています。真相は歴史の闇の中です。

さて、信長の名言では好んで舞った能の「敦盛」の一節である『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり』というものが真っ先に上がってくるかと思います。

信長はほぼそのとおりに、わずか人生49年(数え年なので正確には48歳)ながら、日本史の年表にも深く刻み込まれるような、太く短い人生を駆け抜けたのです。

 

ところで信長は京都の本能寺が終焉の地ですね。現在、本能寺はなんと京都は京都でも、新京極にあるのです。

とはいってもこの本能寺、信長の死んだ本能寺と同じ場所にある訳ではなく、信長を弔う場所をもうけるため、後年秀吉が再建したものです。

なお毎年6月2日には信長を弔うための『信長公忌(のぶながこうき)』が行われています。
余談になりますが、本能寺の跡地には「本能小学校」という小学校が建っていた時期があります(現在はすでに廃校)。

私は高校の修学旅行のとき、夜の買い物時間に新京極に行く日があったため、買い物そっちのけで一も二もなく新京極の本能寺を訪れました。

しかし夜ですから当然、門が閉まっているわけです。仕方ないので門の前で手を合わせてきたという思い出話があります。

なお、新京極といってもかなり外れのほうにあるため、分かり難いかもしれません。
くわえて書いておくと、本能寺の信長公忌はあくまで弔いであり、歴史イベントではありませんので、その日に本能寺を訪れるとしたら派手な行動は慎むべきですね。

とはいえ、当時私は高校生であったため、もし門が開いていたらどんなバカをやらかしたかと考えるだに恐ろしいです。門が閉まっていて本当によかったと言わざるをえません。

 


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